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ゴールデンボウル


2002年に日本テレビ系列で放送されたドラマ「ゴールデンボウル」。
「恋は、10フレまでわからない」というキャッチコピーのこのドラマは、ボウリングの達人である青年サラリーマン(証券マン)と、ボウリング好きで夫の浮気に悩む人妻の恋の行方を描いたラブコメディでした。
廃れたボウリング場の売却を迫る地上げ屋が、毎回「刺客」を送り込んでボウリング場の存続を賭けたダブルス戦のボウリング勝負を挑み、それを主人公と人妻が組んで毎回打ち破りながら、お互いの気持ちを深めていくというストーリーだったと思います。
毎週登場する地上げ屋が、実はボウリング場社長の息子(ボウリング場の前に捨てられていた捨て子だったと最終回で解る)でした。
この地上げ屋(ヤクザ屋さん)の屈折した肉親感情も含め、それぞれの登場人物がいろいろな「家族」の在り方を望んでいる背景がチラホラと描かれますが、彼らが望む「家族」というものが古き良き時代の遺物であり、ボウリングと同じように今では時代遅れのものだと吐き捨てるように呟く地上げ屋の台詞が印象的でした。
しかし、ボウリング場という事業所のスタッフたち、そこに集う常連客のあいだに「家族」的な連帯感が育まれている様子を描くことも、この作品のテーマだったんじゃないでしょうか。
ハーバード大学のパットナム教授が米国のコミュニティの崩壊と再生をボウリング人口の動向とボウラー気質の変化にスポットを当てて書いた「孤独なボウリング」を、この脚本家が読んでいたのだとしたら、勉強家だと感心します。
このドラマの地上波再放送が手っ取り早い手段、というコメントを戴きましたが、放送当時、ボウリング場の集客は確かに上昇しましたので、そのとおりだと思います。
ただし、放送当時とはテレビ画面の縦横比率が変わってしまっている地デジ時代ですので、そのまま地上波に流されることは難しいでしょう。
それに主演した金城武さんは今やアジアの映画スターになっていますので、権利関係もややこしそうです。
そこそこの視聴率がとれていた作品でしたので、リメイクされたら業界人として嬉しいかぎりです。
ただ、毎週のボウリング勝負が陳腐なものでしたので、放送当時も一部のボウリングマニアからは不満の声が出ていました。
パーカーボーンⅢが世界チャンピオンという設定の登場人物で出演していましたが、全編のボウリングシーンはボウリングマニアには、見るに堪えないものだったと言えるでしょう。
しかし、ボウリング場のお客さんが増えたのは事実です。
その増えたお客さんが再び減っていったのもまた事実であり、「久しぶりにボウリングしてみるか」というリマインダー効果はあったものの、「ボウリングを趣味にしてみよう」という教宣効果までは、このドラマだけでは得られませんでした。
テレビによるボウリングの大衆化は20世紀で達成しましたので、これからはテレビによって大衆をボウラー化する仕掛けが欲しいところです。
もしも「ゴールデンボウル」がリメイクされたら、もう少し「ガチのボウリング」の面白さや奥深さを訴求する部分が、一般視聴者が引かない程度に取り入れられた作品となることを希望します。

カテゴリー: ボウリング業界 思い出話

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