会社の会議では現場以外の部門から、必ずと言っていいぐらい「一般客の取り込みを強化すべき」という意見が出ます。
しかし、一般客(いちげんさん)を一般客のままにしておいては、長期的に安定した経営は出来ません。
固定客の源として一般客を呼び込まなければならず、一般客を固定客にしていかなくては、いつまで経っても一般客依存率が高いままで、そのデータだけ見た素人からは、最大客層である一般客への販促を指摘されてしまう訳です。
これがゴルフ場であれば、ゴルフクラブもゴルフシューズも持たない消費者の来場促進を、言われるはずはありません。
ボウリング場の悲しいところです。
ボウリングは1970年前後で一気に大衆化し、大衆化し過ぎてマニア市場の成熟を待たずに凋落してしまいました。
その場にあるレンタル用具から自己所有の用具に進ませなければ、商売としてのスポーツ施設はいずれ滅びます。
アイススケートリンクがそうでした。
いつまでもレンタル柔道着の客ばかりの柔道教室(実際にはありませんが)がもしも存在したら、すぐに廃れてしまうでしょう。
もう一過性のブームなど期待できないボウリングも、自分の用具を持った固定客で損益分岐点を超えるようにならなければ、将来は無いと憂いています。
現在、一般客から固定客(マニア)への移行がLTBによるシニア向け健康志向以外に細ってしまっているのは、ボウリングマニアというものが市民権を獲得していないからだと思います。
ウィスキーもこの30年間ぐらい売上が下降していましたが、ボトルやラベルのデザインから飲み方の訴求、そしてNHK連続テレビ小説「マッサン」の影響もあって、人気に回復傾向が表れてきたようです。
美しい女優の起用や粋なBGMなどの効果もあったとは思いますが、既存の“ウィスキーを嗜む人たち”の姿が、ウィスキーから遠ざかっていた消費者にとって「嫌じゃないもの」「素敵なもの」「カッコイイもの」というプラス要因があったことは否めません。
何かのキッカケさえあれば、そうなっても嫌じゃない消費者が多数存在したから、ウィスキーを嗜む人が増えてきたのでしょう。
では、ボウリングを嗜む人になる数が、何故に少ないのか。
我々は乏しい予算の中で、キッカケ作りに腐心してきました。
しかし多くの一般消費者を、“ボウリングを嗜む人”にするまでには至っていません。
でも、もしももっと予算があったのなら、“ボウリングを嗜む人”の姿が一般消費者にとって違和感のないもの、そうなってもいいかなと思わせる、そんな人物像・生活習慣の訴求に使いたいですね。
NHK連続テレビ小説で「中山律子物語」が流れ、ウオーターボーイズのような映画のノリで、弱小高校ボウリング部が全国大会を目指す青春映画が公開される。
強力なスポンサーとして脚本にも注文が付けられる存在になり、テレビドラマの登場人物に最低一人ぐらいは、マイボールを持ちボウリングを趣味とする人物が登場し、ボウリングが趣味スポーツとして自然に受け入れられている様子を見せて偏見を払拭する。
ボウラーはボウラー同士の狭い世界に居るので気づいていないかもしれませんが、マイボールを所有してボウリングをしている人間は、一定年齢以下の場合、世間からはマイナーでオタクな人種として違和感を持って見られています。
もちろん偏見であり、イメージを逆転させれば特殊技能を持った他人から憧れ得る存在になります。
ともあれ、お金があったら、と思う事はいろいろあります。
しかし、先述のウィスキー産業と比較してもボウリング産業はあまりにも小さく、比較してしまえば貧しいのが現実です。

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