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一過性のイベントの後に残るもの

今年、稲沢グランドボウルが24時間テレビのサテライト会場になった時は、番組開始から終了までで4万5千人超が募金やら見物やらで集まりました。
番組企画の「24時間ボウリング」は参加無料でしたので、7千人が参加し、大いに盛り上がりました。
しかし、その後は祭りの後の寂しさ、だからと言ってボウリング場を利用する人が増えた訳ではありませんでした。
この事が何を示唆しているのか。
あの時、館内に溢れるほど集まった人たちは、ボウリング場にボウリング以外のものを求めてやって来ていたのです。
だから、ボウリングをするだけの場所に戻ってしまったボウリング場には、用は無いのです。
この事例から、ボウリング場にボウリング以外の付加価値を加える必要性を感じるかも知れませんが、そのソリューションのひとつとして、ボウリング場に他の娯楽施設も加えた「複合アミューズメント」という商業形態があります。
しかし、こういう娯楽施設で今何が起きているのかと言うと、他の娯楽が賑わっていても、ボウリングだけは閑散としているという、現在の悲しい状況です。
何か付加価値を加えるとしても、ボウリングを消費することに付帯したものでなければ、ボウリング場は要らなくなってしまう、という事です。
そしてそれは、常時ボウリング場に存在する付加価値でなければいけません。
一時的な付加価値で集めた客は、あくまでも一時的なものです。
これが、まだ多くの人が知らないコンテンツの周知であったり、新規開店した施設のお披露目が目的ならば有効でしょう。
しかし、ボウリングがどんなものかを知らない人は少ないでしょうし、ボウリング場の存在も周知されているとしたら、「儲かるイベント」として開催する以外に価値はありません。
しかし往々にしてイベントは過剰投資に終わります。
少ない投資でボウリング場に人を集めることが困難だからです。
花火大会のあとの河原や空き地が元の寂しい場所に戻っていくように、一過性のイベントのあとに残るのは、寂しいボウリング場です。
筆者が「ボウリングの日」という販促イベントに否定的なのも、1年のたった1日を盛り上げる事の有効性を感じられないからです。
これが、余暇消費の優先順位でボウリングが上位にある消費者層(ボウリング愛好者)が対象の場合は、トーナメントやフェスティバルのようなイベント自体が不採算なものであっても、彼らのボウリング消費を刺激する効果が確実にありますので、費用対効果は悪くありません。
6月22日の「ボウリング日」は、ボウリング消費欲求の強い消費者層と業界人が、共に祝う記念日であればいいと思っています。
今はもうやっていませんが、筆者が5年前に稲沢グランドボウルで始めた「シンデレラキャンペーン」というのは、深夜0時以降のオールナイト営業時間を女性無料にするという、単純な企画でした。
当時稲沢グランドボウルの深夜営業には女性客が少なく、殺伐とした雰囲気の中にありましたので、女性を無料にしてでも来ていただく価値はあったのです。
仮に反応する女性客が居なくても、失うものはありません。
幸運にもそれが当たって、女性客の増加に比例して男性客も増え、大きな業績を上げることが出来ました。
しかし、これは僥倖であったと思います。
筆者の目的は、まず店舗の深夜営業の雰囲気を変えたい、というものであり、業績は「幸運な結果」に過ぎません。
儲けようと何かを企んでも、大概は失敗するのがボウリング場経営です。
利用者により良い環境、雰囲気を作ろうとしていれば、儲けが後からついてくる場合もある、というのが筆者の結論です。
女性を無料にする企画などはどこのボウリング場でも出来る事ですから、稲沢グランドボウルの賑わいを見て社内外のボウリング場が同じような企画を始めましたが、たぶんそれほどの業績伸長は得られなかったと思います。
また、こういう企画の寿命は短いものですから、どこでもある企画となっていくにしたがって、集客効果も薄れていきました。
ボウリング消費者を、ボウリング消費欲求の高いマニア客層と、そうではない一般客層に分けてプロファイリングしてみた場合、マニア客層の消費指向性は大同小異であり、地域を超えた普遍性を持っています。
これは集客策を立てやすく、類似性を伴います。
一方で、一般客層は千差万別で捉え難く、集客策の立案は難しいのが現実です。
ボウリング場スタッフはボウリングマニアばかりだから、マニア客層向けの企画ばかり考えている、と指摘する人が居ますが、あながちそうとばかりは言えません。
少なくとも店舗責任者は一般客層の重要性を理解していますが、個人レベルではその消費性向が捕え難いため、団体予約というセグメントを攻略の糸口にしているのが現状なのです。
ボウリングマニアが立案するマニア向けの企画は概ねターゲットを捕捉しているので、結果の大小は準備の精度に比例します。
ボウリングマニアに任せておけないと経営者が焦っても、ボウリングマニアではないスタッフの価値観がボウリングマニアではない一般消費者の価値観を代表しているわけではありませんので、たとえ熟慮して一般客層向けの企画を立案しても、無数にある雑多な一般消費者の消費マインドをどれほどを捕捉しているのかは、その企画を実施してみなければ解りません。
それでいいのだと思います。
一般消費者の輪郭は、集客企画の失敗と成功で明らかとなる、データ主義で求めるべきものであるからです。
そして、それは時代によって移ろいやすく、集積したデータにその時のトレンドを加味して分析されなければならないものです。
ボウリング場という産業は市場規模が小さいため、そういうデータの集積が経済研究所にも広告代理店にもありません。
業界最大手の苦戦を見ると、業界内にも存在していません。
「打つ手が無い」などと言っていては滅びるだけなのがビジネスシーンですから、これからももがき苦しんでいくしかないでしょう。

カテゴリー: ボウリング業界 経験論

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