筆者がここに書いている内容の根本は「ボウリング場無くしてボウリングはあり得ない」という思想です。
ボウリング場を商業的に成功させなければ、競技としてのボウリングもステージを失います。
つまり極論すれば、筆者は「ボウリング場経営至上主義者」です。
その論点で書いていますので、競技としてのボウリングそのものを至上のものとする競技者の皆さんの共感は、得られ難いだろうという覚悟はあります。
それでも書くのは、ボウリング競技者側とボウリング場経営者側の埋めがたい溝がブームの頃から衰亡期の今日まで存在し、ボウリング場の固定客層も競技者であるために、競技者側の価値観が優勢となりやす環境にあるからです。
ボウリング場の消費者の大半が競技者ならばそれでもいいのですが、実際には売上シェアで30%前後ですから、ボウリング場経営側のひとつの考え方を表明しておく必要があるのです。
強豪選手はプロアマ問わず、知っている人の間では有名人であり、「スター」であると言っていいと思います。
そもそもピュアな競技者にとっては、有名人であるとか「スター」かどうかなどに、価値を感じないものでしょう。
しかし、ボウリング場という経済活動においては、ボウリングをしない人でも知っている「スター」の誕生を渇望しています。
しかし今の状態では、日本から世界的な強豪選手が生まれても、ボウリングをしない人でも知っている「スター」の誕生にはなりません。
競技者の皆さんはそれでも構わない立場でしょうが、ボウリング場という営利事業を支えていく立場にとっては商業的に残念なことなのです。
ボウリング教習にも初等から高等まであり、既存ボウラーの向上心を刺激するのは高等教習のほうでしょう。
ボウリング場の営業施策としても、短期的な視点では既存ボウラー向けの集客策として、各種理論に基づく高等教習企画は有効です。
しかし、ボウリング産業にとって市場を安定したものにするためには、初等教習が最も重要で、「あまりボウリングをしない人」を「定期的にボウリングをする人」に変える技術がボウリング場スタッフに普及することを急ぎたいですね。
競技者としての上級者が教える必要もなく、競技者育成として教える必要もありません。
ボウリングをしない人でもボウリングの強豪選手の名前と顔ぐらい知っている環境を整えるためにも、ボウリング常習者を増やさなければいけません。
中山律子さんの知名度に並ぶ素材を生み出せるかどうか。
もう何十年も、彼女ほどの「スター」を業界は得ていません。
ボウリング場経営至上主義
カテゴリー: ボウリング業界

コメントは受け付けていません。