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「プロボウラー=博徒」では駄目だろう

アマチュアが賞金をもらっていいのか」という議論があるけれど、ボウリング業界としてはいろんな選択肢を用意し、あとは消費者の選択に任せればいいだけだと思う。
そういう大会に出たい人は出るだろうし、出たくない人は出なければいい。
業界の発展のためには、いろんな価値観に対応できるほうが良い。

賞金の出る大会はレベルが高いから出たいけれど、賞金をもらうのは自分自身のアマチュアリズムが潔しとしないのであれば、受け取った賞金を震災復興基金のようなものに寄付すればいい。
主催者側が賞金寄付の窓口を用意すれば、開催の社会的価値を補強する。
まあ、そうしてしまうと賞金の一部でも寄付しなければいけない雰囲気が醸し出されて、寄付を強要する結果になりかねないけどね。
でも、それもいいかも知れない。
企業が社会貢献をアピールするために、賞金を獲得したボウラー名義で全額寄付される大会だったら、賞金スポンサーを頼む場合に企業への訴求力となる。
ただ寄付するだけでは企業の売名行為と受け取られかねないし、数百万円レベルでは「ケチくさい」と企業イメージに傷がつく場合もあるだろう。
同じ数百万円でも大会の賞金スポンサーとなって、賞金獲得選手全員が寄付したとなれば、マスコミに対して良いネタ振りとなり、企業にとってもその大会の賞金スポンサーである事実をメディアで活用しやすい。
ボウラーも競技結果が社会貢献になるのは、励みになるだろう。

参加費の一部を賞金に回せば、参加費に賭け金が含まれていたことになるから、その大会は賭博行為になる。
参加費から賞金原資を拠出しなくても、組織が賞金を出して、その組織に会費を納めている会員にだけ参加資格を限定したら、組織に納めている会費の一部が賭け金の積み立てと法的に解釈されてしまうから、これも賭博行為になってしまう。
プロライセンスと言っても公的な資格じゃないから、法令のもとではプロもアマチュアも無い。
そして、賭博行為でなければ誰でも賞金を受け取ることが出来る。
だから、「アマチュアが賞金をもらうこと」の是非を問うのは、法的にはナンセンスなことだ。
プロライセンスと云う名で特定の組織が発給している「名取り」の商品価値を守ることと、ボウラーのアマチュア精神に関わる情緒的な問題でしかない。
そんなことよりも大切なのは、賭博行為とならないためにきちんと賞金スポンサーを得ることだけど、企業から見たら、わずか数日間の広告活動でしかないうえに、ほぼ固定的なボウリングマニアにしか訴求効果の無いプロボウリングに出せる金額は知れている。
もともと、ボウリング場に自販機を置いたり商品を納入する業者のバックマージン的な協賛がプロボウリングの賞金スポンサーの正体だったのだから、ボウリング場の数が減っていけば、プロボウリングの賞金スポンサーも減って大会が無くなっていくのは当然だ。
大会参加者全員に賞金獲得の権利がある形式ならば賞金スポンサーになってもいいと言う企業があるのであれば、ありがたい話ではないか。
それを「アマチュアが賞金をもらうのはけしからん」とボウラーたちが騒げば奇特な賞金スポンサーも去ってしまい、賞金の出る大会はどんどん減っていき、最悪な場合、賞金の出る大会は賭博行為しか残らないかも知れない。
そうなってしまったら、「プロボウラー」は「博徒」と同義語になってしまう。
そんな時代のプロフェッショナルとはライセンスの有無に関係無く、競技活動と選手生命維持を経済的に支援してくれるスポンサーを、個人的ないしグループとして持っている者たちだけになるだろう。

カテゴリー: ボウリング業界

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