故すみ光保氏がそのエッセイで繰り返し書いていらっしゃったことのひとつに、ボウリングの究極の魅力は「チームによるリーグ戦」に詰まっており、このチーム制リーグ戦を知らなければ、ボウリングのほんとうの魅力を知り得ない、ということがあります。
LTBの目標もチーム制リーグ戦への発展・移行に置くべきと、繰り返し力説していらっしゃいます。
私の体験を思い返してみても、これにはかなりの共感を覚えます。
私がボウリングを始めた静岡県静岡市の城北パークレーン(現トマトボウル)は、当時トリオリーグが盛んで、私は最初に初心者レベルの「フレンドリーグ」に参加しました。
友達を誘ってトリオチームを作って参加したのですが、そのうちにメンバーと親しくなり、当初のチームを解体して抽選でチームを編成するまでになりました。
ボウリングのスキルと年齢の近い者同士が集まっていた、という好条件も揃っていましたが、リーグメンバーと一泊旅行に行ったり、メンバーの家に集まって飲み会をするなど、飽きっぽい私がボウリングを長く続けることになった要因、そしてのちにボウリング業界に転職するまでになった端緒は、ここにあったと思います。
今は遠く離れ担当地域も違うので、今のトマトボウルのことはよく知りませんが、もう三十年以上昔の、当時の城北パークレーンは、リーグの運営やアベレージ管理、競技と練習との差別化などがきちんとしていて、ボウリングを始めた者がその実力とは別に「競技している」という良い緊張感を味わうことが出来、他のリーグとの良い意味での対抗心がリーグメンバーの絆を強くするという文化を持っていました。
だから、すみ氏が言わんとすることが私には理解できます。
すみ氏はご自分の若い頃に米軍基地内のボウリング場で体験したリーグ戦の楽しさが終生忘れられず、ボウリングの持つ最大の魅力はこれだ!と生涯言い続けてこられたのだと思います。
そして、この米国文化が日本に根付かなかったことを嘆いていらっしゃいました。
しかし、かつて私が毎日通っていた城北パークレーンにはすみ氏が求めてやまなかったリーグ戦文化が華開いておりましたし、今でもそういうボウリング場は残っているでしょう。
ハーバード大学のパットナム教授が著書「孤独なボウリング」において、二十世紀最後の数十年間における米国の地域コミュニティの崩壊を、ボウリング場におけるリーグ戦の衰退に象徴させて書いているように、かつてすみ氏が憧れた米国のボウリング文化自体が、とっくの昔に変質しているのです。
今の米国のボウリング場は米国特有のパーティー文化に支えられていますが、日本ではむしろ、仕事の延長線上にある企業や労働組合のボウリング大会が大きな収入源です。
残念ながら、ボウリング場が文化を作るのではなく、ボウリング場は時の消費者の文化を利用する程度の力しかありません。
一時期は、のちにマイルドヤンキーと名付けれられた不良っぽい若年層の小さなコミュニティー群がターゲットとなり得ました。
その取り込みに成功して急速に大きくなっていったのがラウンドワンであり、それからずっとあとになって、マイルドヤンキー層のキーパーソンが実は女性ではないかという仮説を立てて、私は「シンデレラ・キャンペーン」で深夜時間帯の集客に成功しました。(2012〜13年程度でしたけれど)
この客層の多くは、今では不良を卒業し家庭を営んでいます。
元ヤンキーのファミリーに照準をあてて「子供無料」企画で訴求するのは、若かりし頃に遊び仲間と朝まで過ごしていた場所をリマインドしてもらい、今度は家族で週末の昼間に来ていただくという、商業企画としての一定の整合性を持っていますね(笑)
まあ、それはそれとして、やってみればチーム制リーグ戦は魅力の多いものですから、商業的効果を性急に求めず、月例会を隔週に、隔週を毎週にといった具合に誘導しつつ、まずは毎週集まるボウリングコミュニティーの育成から始めたいですね。
「リーグ戦とはこうあるべき」というポリシーが先行しても、既存ボウラーが乗ってこないのは今までの経験から間違いありません。
ボウリング以外の共通した嗜好などで、毎週同じ曜日の同じ時間にボウラーを集めることから始めましょう。

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