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ほんとうは閉鎖だった稲沢グランドボウル


昨日のツイッターで、水戸レイクサイドボウルさんの閉館を知りました。
東日本大震災で被災し、廃業したボウリング場は数多く、更にそれ以前から、老朽化とともに消えていったボウリング場は数知れません。
実は今だから明かせる話ですが、稲沢グランドボウルは2010年に閉鎖の予定だったのです。
以前のオーナーだった外資系のファンドは、北尾張の田舎町に116レーンもあるボウリング場と、そのむやみに広い敷地13,200坪の経済的整合性を考慮し、他の所有するボウリング場とは別のEXITを用意していたのです。
それは、2010年までに買い手が付かなければ、取り壊して更地にする、というものでした。
グランドボウルチェーンをよく知る方は、2005~06年頃にグランドボウルが軒並みリニューアルし、合成レーンを導入しオートスコアラーも新しくなったのに、稲沢グランドボウルだけが内外装ともに変らず、オートスコアラーも前時代のままだったことをご存知だと思います。
それは、投資対象から外れていたからなのです。
外資系ファンドは、もともとボウリング場チェーンを永く保有する意志はありませんでした。
稲沢以外のグランドボウルは投資して事業価値を高め転売する。
そして稲沢グランドボウルは取り壊して「土地」として転売する。
それが彼らのスケジュールでした。
2009年、そんなグランドボウルを丸ごと買ってくださる新しいオーナーが現れたのです。
それから、稲沢グランドボウルの運命も変りました。
新しいオーナーはこう言われました。
金儲けが目的ならボウリング場なんて買わない。再びボウリングブームを作ることに挑戦してみたいから買ったんだ」と。
そして、116レーンという規模は無駄が多いがボウリング界にとっては必要だろう、とおっしゃって、多額の投資をしてくださいました。
もちろんオーナーも経済人ですので、金をどぶに捨てるようなことはいたしません。
1フロア116レーンという規模(正確にはレーンが並んでいる196mという距離)をギネス世界記録に認定してもらい、オフィシャルとして「世界最大」と名乗れる根拠を作りました。
これによりテレビ局の取材がドッと増え、また地元の稲沢市は町おこしの一環として、行政をあげて「世界最大のボウリング場」を応援してくれるようになりました。
こういう流れは一過性の側面があり、いずれまた厳しい商環境に直面する日が来るでしょうが、自分が任されている間は稲沢グランドボウルを守りつづけるという強い決意を、筆者は持ち続けているのです。

カテゴリー: ボウリング業界 思い出話

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