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2013年の甲子園球場

2013年は前年に新人王を獲った2年目の益田投手が、最多セーブのタイトルを獲った年であった。
この年の6月8日・9日の2日連続で、僕はグランドボウルのオーナーのお供で甲子園球場に行っている。
オーナーは甲子園のネット裏に2列、シーズンシートを買っていて、得意先の接待やグループ企業社員の慰安に使っていた。
8日の試合はロッテ成瀬、阪神能見のエース対決だったけど、3対1で阪神が勝った。
翌9日の試合は阪神の大物新人投手藤浪晋太郎が先発だったけど、3対2とロッテリードで最終回を迎え、ロッテの守護神益田がマウンドに立った。
いきなり先頭の鳥谷が鮮やかな流し打ちで三遊間を破り、続くマートンがレフトスタンドに黒く固まるロッテ応援団に逆転サヨナラ2ランを打ち込んで、益田は一死もとれず、あっと言う間に敗戦投手となった。
ロッテはこの阪神戦の前に広島にも敗れていて3連敗となったけれど、逆に阪神はマートンの鮮やかな逆転サヨナラホームランで4連勝となり、甲子園の大観衆が歓喜に沸いていた。
大阪人のオーナーも大喜びで、周囲の人と盛り上がっている。
僕はすっかり茫然自失、意気消沈し、一刻も早くこの場から離れたくて、オーナーをはじめグループ会社の人たちには何も告げず、足早に駅に行き阪神電車に乗ったのであった。
このオーナー置き去り事件は上層部で問題となり、社内での僕の立場は非常に悪くなったんだけど、オーナーは「鈴木は本物のロッテファンなんやな」と笑い飛ばし、好きなチームが目の前で負けるとサラリーマンの忖度も忘れてしまう僕を、以前にも増して信頼してくれるようになった。
こういう器の大きな人物がモルガン・スタンレーからボウリング場チェーンを買ってくれたことに対する感謝の念を、僕は千葉ロッテマリーンズの益田投手がリリーフに失敗するたびに思い出すのです。

カテゴリー: 思い出話